シェーンコップ記念日
約束、などという、あてにならないものが、もしも本当に守られるなら。……守ることが、できるなら。
楽園に、約束の日がやってくる――。
「……っと」
宇宙暦七九八年が始まって二二時間。その年の、イゼルローン要塞で二度目の新年パーティーから帰った後、私室に戻ったヤン・ウェンリーがまず最初にしたのは、カレンダーを壁にピンで留めることだった。
「やれやれ、ユリアンも何もわざわざ私に渡さなくても、別に構わないから換えておいてくれればよかったのに」
保護者の部屋の暦が去年のままであることを、にっこり笑って告げた少年のことをぼやき、ヤンはふと一月の欄を見つめた。
「あ……そうか」
何かに思い当たったように、ヤンは傍らの小引き出しから赤のサインペンを取り出した。
きゅ。
8に丸を打つ。
「これでよし」
「ヤン提督、お茶が入りましたよ、居間にいらして下さい」
被保護者の少年の呼び声が届く。
「ああ、今行くよ」
ペンを置いて数歩行きかけて、ヤンは振り返った。再びカレンダーを眺め、少し考え込むように首を傾ける。
やがて黒髪の青年は、もう一度サインペンを取り、嬉しそうに楽しそうに、満足気に微笑って、赤丸の下にひとつの単語を書き加えた。
↑Anniversary
……と。
現在、イゼルローン要塞の所有権は、自由惑星同盟にある。その司令官職に在るのは、英雄として扱われることを嫌い、実際、数多い武勲をたててきたとはとても見えない、茫洋とした青年だった。ヤン・ウェンリーである。そして、彼のもとに集った部下たちは、自分が庇護されていることを意識することなく、黒髪の魔術師のつくりだす楽園の中で、のびのびと平穏を楽しむことができたのであった。
だが、平穏は永遠ではない。職業軍人である以上、戦争は行なうために存在するのであり、帝国軍進攻の報に際して、その敵軍の要塞だったイゼルローンを奪取した挙句居ついてしまった、通称『ヤン・ファミリー』は、対策を練る時期を過ぎ、戦う為の準備をせねばならないところにきていた――。
「……以上だが、何か意見のある者は?」
ヤンは第二会議室に参集した部下たちをぐるりと見回した。部下たち、といっても、座しているのは、イゼルローン要塞駐留艦隊のいわゆる極中枢部の、数えられるほどの人数に限られており、この会議の議題が実はかなり密度の濃いものであることを窺わせている。
「ないようだね。では、これで解散とする」
重々しさを感じさせない声でヤンは告げた。副音声が『これで昼寝に行ける』と聞こえるのは気のせいばかりではあるまい。
三々五々散ってゆこうとする部下たちに、彼らの上官は、軽いと明るいの接点に位置する口調で語を重ねた。
「ああ、それと、明日の八日はみんな休日だよ」
何事か、と、将官と極少数の佐官は足や手を止めてヤンを見た。帝国軍が目の前に迫っている、最後の詰めの時期に、空白の日を作る必然性が見いだせない。
「追って布告するけれど、君たちも忘れないで兵士たちにまで全て通達するように。判ったね」
戦闘開始まで日がないからこそ、なのだろうか。だから、軍籍にある者に休息の前渡しをするのか。実際、慣例ではあるのだ。
そう意味を汲んだのであろう、納得したように諾して、軍高官たちは動作を再開した。
確かにヤンも、一応その意味合いを含めてはいたのだ。もっとも主要目的は別のところにあったが、何もここでわざわざ公開する必要もないことである。
「あ……シェーンコップ少将」
ヤンは扉を抜けようとする広い背に向けて呼びかけた。はしばみ色の髪と瞳を持つ元帝国人は向き直った。
「何でしょう?」
「明日、貴官の家を訪ねるつもりなんだ。外出せずに待っていてほしい」
発言を受けた方は、おや、という顔になった。この青年司令官がそのような物言いをすることは珍しい。異例と言ってもよい。よほどの事情があるのだろう。普段ならば目下の人間に対してまで、過剰とも取れる譲歩をする人なのだ。
表現こそ柔らかかったが、ワルター・フォン・シェーンコップにとって、これは命令に近い拘束力を有する言葉だった。
だから、シェーンコップは「何故ですか」とは問わなかった。この年少の上官がシェーンコップのフラットに来ると言ったら、来るのだ。その事実があればいい。返答が人を食ったものになってしまったのは、単なるご愛敬というものである。
「判りました。あなたの為にベッドを空けてお待ちしていますよ――」
面白いように言葉と表情の選択に困惑するヤンに、渋い笑みとうやうやしい敬礼を残し、シェーンコップは場を立ち去った。
翌日。
「それじゃあ、行ってくるよ、ユリアン」
「はい。お気をつけて」
ユリアンは玄関に立ち、保護者を見送った。
ヤンの姿が道を曲がって見えなくなったところで、ユリアンは身を返して家の中に戻った。
「さて、と。これで落ち着いて家の片付けができるな」
どこかほっとしたように呟く。別にヤンを邪魔者扱いする気はユリアンにはないが、はっきり言って役には立たないのだから仕方あるまい。日頃の掃除の時など、殆どヤンは家庭内ジプシー状態である。あちらへ行ってはまだそこは掃除をしていないといって別の部屋へ移動させられ、こちらへ来てはせっかく片付けたのにもう散らかすといって少年の叱言を食らう、それが一家の主であるはずの青年の姿だった。
であれば、外出する方が、ユリアンにとってもヤンにとってもより良い選択というものである。
ユリアンはまず保護者の部屋へ向かった。居間や応接室などはいつも目が行き届いているから後でどうとでもなるが、ヤンの寝室や書斎となると話は別である。一応他の部屋と同じに毎日掃除はするのだが、きっちりと片付けるとなると、今日のように休みの時に本腰を入れて整理整頓にいそしむ必要があろう。そういうことだった。
「あーあ、やっぱり」
ドアを開けて、少年は小さく呟いた。
足元に注意しながら、ユリアンは中に踏み込んだ。昨日部屋の隅に積み重ねておいた本が、雑然とした海となって床を侵食している。大方、取りたかった書籍をそのまま引き抜こうとして崩してしまったものだろうが、散らかすのも一種の才能かもしれないなあ、と、何冊かを手に取りながらユリアンが諦め半分に感心してしまいたくなるのも無理のない状況であった。
「これがあっちの書棚で……これが、とりあえずベッドのサイドテーブルの下の段かな」
書棚の本を順序よく並べかえる前に、出奔中の不届き者をまず然るべき所在地へ放り込むのが先決である。ユリアンは手際よく分類していった。
「あれ……?」
ふと、壁に留められた本年度のカレンダーに目をやって、ユリアンは手を休めた。今日、一月八日のところに印が付けられている。そして更にその下に、ヤンの字で書き込みがあった。
「………?」
不思議そうに少年は首を傾げた。
「記念日……? 何だろう」
過去に、何か記念すべき出来事があっただろうか。ユリアンは記憶という名の日記のページをめくってみた。一月八日に何か。
一月八日……一月八日。口の中でユリアンは何度も繰り返した。その度に、脳細胞の全面に広がっていた靄が次第に収束し形を顕にしてゆくのを感じる。
何年も前のことではない。半ば強引に決めたのはヤン提督だった筈で――。
「……あっ!」
一年前に自分が書き記した出来事を思い出した瞬間、ユリアンは叫んでいた。
『……私としては名誉のほうで貴官にお礼をするから。毎年一月八日を「シェーンコップの日」と名づけて、貴官の勇気と義侠心をたたえるイゼルローンの祝日にするよ』
去年、ささやかな事件が起こった時、とらわれたMPを助け、立てこもった犯人を捕まえるという任務をワルター・フォン・シェーンコップが帯びるのに際して、ユリアンの保護者は被保護者の白兵戦技の師に向かってそう言ったのではなかったか。
「そうだ、今日は『シェーンコップの日』なんだ」
まさか本気でヤンがその約束を守って、今日を休日にするとは考えていなかったユリアンは、呆然と独語した。
それで、ヤン提督は、今日シェーンコップ少将の家に行く、なんて言ったんだ。初めての記念日を祝うために。
「こうしちゃいられない」
ユリアンは本を床に置き、身を返して、ヤンの所有する部屋を飛びだした。
ヤンは、居住ブロックの一隅にあるシェーンコップのフラットの前に立っていた。
ドアホンに指をやったまま、彼は逡巡していた。昨日の誘いは無理強いだったのではないか、と、ヤンは思うのだ。自分がシェーンコップの記念日を祝いたかったとはいえ、今日を彼の日に定めたのならば、本当は彼の好きなように一日を過ごさせてやらねばならなかったのではないのか。
だが、今日、シェーンコップに在宅しているようにと『命令』した事実を持つのはヤンであり、はしばみ色の瞳の美丈夫はそれに従って待っている筈なのだ。何もなかったことにして帰るのは礼儀に反することだった。
ヤンは意を決してボタンを押した。
おそらく玄関に近い部屋にいたのだろう、ロックが外れる音とともにドアが開いたのはそれからすぐのことだった。先年秋にここを訪ねた時にも思ったことであるが、いったい、シェーンコップは来客の素性の確認をしているものなのだろうか、と、ヤンは疑った。たとえ凶悪殺人犯であろうと(もっとも、自分たちの方がよほどたくさんの人間を殺している上に、それが仕事という、よりたちの悪い存在なのだが)、要塞防御の責任者であるシェーンコップにかないはすまいが、それにしたところで、こう簡単に扉を開くのは不用意すぎる。
それが、黒髪の青年司令官に対してだけ特別で、普段は人並み外れて来客チェックが厳しいなどとは、無論ヤンは知る由もなかったが。
「ようこそおいでくださいました」
髪と同じ色の瞳をゆるく細めて微笑むと、シェーンコップは会釈した。
「こんにちは、シェーンコップ」
「……今日は我が家にどのようなご用ですか? もう訊ねてもよろしいでしょう?」
「今日は、貴官の記念日だからね」
ヤンは笑みを向けた。
「は……あ?」
「去年、毎年一月八日を『シェーンコップの日』にする、って言っただろう。だから、君の記念日を祝おうと思って」
シェーンコップは半ば呆然と年少の上司を見下ろした。
「覚えてるとは……思わなかった……」
ぼそりと、ひとりごちる。ヤンの奇妙なところでの生真面目さは知っていたが、あれは単なる口約束にすぎない。ヤンが本気でこの日を休日にするとは、ユリアンと同様、シェーンコップは考えていなかったし、それ以前に、忘れてしまっているものと彼は思っていたのだ。自分だけが覚えていればいい、ごくささやかな武勲。それなのに、ともすれば儚げな印象を与える眼前の青年は、わざわざここまで来たのである。部下冥利、という言葉があるのなら、それに尽きる行為だった。
「迷惑……だったかな」
部下を仰ぎ見るヤンの瞳が、ためらいがちに揺らぐ。
「こんな、自己満足にすぎないこと――」
シェーンコップは直截には返答を与えず、逆にヤンに問うた。
「ところで、いつまでも玄関先に立っている気ですか? 何か言うことがあるでしょう」
「あ……えっと……」
困惑して口ごもる青年に、喉の奥で笑いながら、家の主は助け船を出してやった。
「こういう場合はね、提督、『せっかく訪ねてきた客人を招き入れないつもりかい』とでもおっしゃればいいんですよ。あなたはお客様なんですから」
「しっ、しかし……」
「言ってごらんなさい」
「……訪ねてきた客人を……招き入れないつもりかい、シェーンコップ」
ぼそぼそと、決まり悪げにヤンは復唱する。シェーンコップは笑いかけた。
「よくできました。さあ、どうぞお入り下さい。昨日申し上げたように空けてある私のベッドは、一人寝には広すぎる」
表現はどうあれ、それが、自分のとった行動が許容されたことになるのだということに気付いて、シェーンコップに指し示されるままに、手土産を抱えたヤンは一歩踏み出した。
ユリアンは道を歩いていた。
「おーい、ユーリアンっ」
弾んだ声が、少年の聴覚を刺激した。辺りを一通り見回して、視線を固定する。その先にいるのは、一対の青年。与える印象は正反対だが、光と影がそうであるように、互いに調和している。
「ポプラン少佐、コーネフ少佐。こんにちは」
ユリアンは名を呼んだ。同盟軍屈指の撃墜王であるこの青年たちと『友だち』である一五歳の少年は、宇宙広しといえどもユリアン以外にいない。それは少年にとって嬉しい現実だった。勿論、そうなるに到ったのは、トラバース法によって保護者となったヤン・ウェンリーがいたからこそであり、増上慢を自律する意味でユリアンは幾度となくそれを再確認していたけれど。
ポプランは思いきり元気に、コーネフは少し笑いながら片手を挙げて、少年に挨拶した。
何のかんのと言いながら、結局、いつでもどこでも一緒にいる辺り、本当に仲がいいのだろう。ユリアンにはそういう特別なパートナーはいないから、時々羨ましくも思うのだ。
「ポプラン少佐、今日は女性の方はいいんですか」
「お、言うようになったな、少年。コーネフの野郎がどうしてもって言うから、こいつに付き合って、健全にお散歩してるのさ」
コーネフはちらりと相棒を見た。誰も頼んじゃいない、女にあぶれて勝手についてきたのはそっちだ、と言いたげな目付きだったが、口に出したのは違うことだった。
「散歩くらいでお前さんが健全になれるわけないだろう」
ポプランが反撃の言葉を舌に乗せる前に、コーネフは話題を転換していた。この二人のどちらが優位に在るかは一目瞭然である。
「ところでミンツくん、何処かへ行くところだったのかな?」
「あ、はい。シェーンコップ少将のご自宅へ」
「不良中年のかー?」
嫌そうに反問したのはポプランだった。女性を口説き落とすことではイゼルローンの両巨頭である彼とシェーンコップの間柄は、ご多分に漏れずというやつである。もっとも他人の見るところ、決して本気で反目しあっているわけではなく、仲間うちでのライバルごっこに近いものがあった。当人たちも判っていて結構楽しんでいるのだから、害がないというべきか。
「どうしてわざわざ……」
「今日は『シェーンコップの日』だったんですよ! ぼく、すっかり忘れてて」
一年前の事の顛末はポプランたちにも話してあった。その時、緑色の瞳のエースは、「全く、大見得切るのが好きな中年だぜ、これだから肉体労働者は」と鼻の頭に皺を寄せて呟いていたものだったが。
「ああ、そう言えば。だから今日は臨時の休日になったのか……。それじゃ、おれたちも行かなきゃならないな、少将の第一回目の記念日を祝しに」
コーネフは言った。ポプランは引っかかりを感じたように僚友を見なおした。
「ちょっと待て、コーネフ、おれたち、って、おれも入ってるのか」
「当然だろう」
「嫌だぜ、おれは! 何でおれが、あの不良中年の記念日なんか祝いに行ってやる必要があるんだよっ」
コーネフは表情を変えないまま、ぼそっと言葉を洩らした。
「確か、先月分の飲み代、全額おれのつけになってたな、ポプラン」
ポプランの変化は見事なほどだった。
「コーネフさん、行きます、行きたいです。是非おれにシェーンコップ少将の記念日を祝いに行かせて下さい」
指を胸の前で組み、AD二〇〇〇年頃の少女向け漫画なら『うるうる目』といった風情で、ポプランはコーネフを見つめた。ユリアンはこらえきれずに笑いだしてしまった。理想の友人関係であるかもしれない、と考えながら。
「さてと、そういうことだから、我々も同行させてもらうよ、ミンツくん。その前にプレゼントを買いにいかなくてはね」
「はい」
笑いをおさめて、ユリアンは頷いた。
道中、ぶつぶつと不本意そうにぼやきかけた途端に突き刺されたコーネフの一瞥で、一旦は黙ったポプランだったが、またすぐに同じことを繰り返しはじめた。
「……ったく、あくどい奴だぜ、人の弱みを楯にするなんて。いいか、ユリアン、こういう大人にだけはなるんじゃないぞ。目標にするならおれだぜ」
「ミンツくん、いい加減な人間になりたくなければ、ポプランを目指すのはやめた方がいいね。ちゃらんぽらんにしか生きられなくなってから後悔しても遅いという、反面教師に使うべきだな」
「嫌味だけ得意でも何の益にもならないんだからな、コーネフの言うことなんて信じるなよ、未来ある少年」
「ほう、つまりお前さんにはもう未来はないんだな、それは可哀相に」
同盟軍屈指の撃墜王たちの言葉の応酬はとどまるところを知りそうにない。ユリアンはおずおずと申し出た。
「あの……どうでもいいですけど、ドアチャイム押した方がよくありませんか?」
……それは、シェーンコップの家の前での会話だった。
「それにしても、本当に『それ』使う気ですか……?」
「とーぜんっ」
ユリアンは一息ついてから手を伸ばし、ボタンにひとさし指を掛けた。その時だった。背後に複数の人の気配を感じる。三人ははっとして振り返った。
「相変わらず、君の淹れてくれる紅茶はおいしいな」
幸福そうにヤンは顔中をほころばせていた。
シェーンコップのアニバーサリーを祝しにきたはずだが、いつのまにやら自分の方がお客さまになっているヤンだった。それでもいい、とヤンは思う。シェーンコップが本心からヤンをもてなしてくれていることは判ったから。自分が来たこと、そのこと自体で喜んでくれるのなら、訪ねて来た甲斐はあったのではないだろうか。
「そうおっしゃっていただけると嬉しいですな」
ヤンのティーカップに紅茶を注ぎなおし、自身にも注いで、シェーンコップはソファーに腰を落ち着けた。光の微粒子をまとった黒髪の青年のやわらかな微笑みと、彼の特製ブレンドの芳香が応接間にたゆたう。
シェーンコップがそこはかとない幸福に浸りかけたとき、不意に、
ピンポーン……
ドアホンのチャイムの音が響きわたった。
「ちっ」
シェーンコップはヤンに聞こえないように小さく舌打ちした。……誰だ、邪魔しにきた奴はっ!
「少し待っていて下さいね」
取り繕うように言い置いて立ち上がったシェーンコップに、ヤンは言葉を投げた。
「来訪者を確かめる必要はないよ、シェーンコップ。きっとね」
「は……?」
「そのままドアを開けても心配のない相手だと思うから。そう……できれば開けるまで相手を知らない方がいいかな」
ヤンはにっこりと笑った。全てを判っているのか、優しげな笑顔ははしばみ色の瞳の紳士に向けられたまま、絶やされることはない。
「はあ……。提督がそうおっしゃるのでしたら」
主の出ていった部屋の入り口を眺めやりながら、くすくすとヤンは笑っていた。
「みんな、やってきたんだよ。君の『シェーンコップ記念日』を祝う為に……君におめでとうを言う為に――」
ヤンはそっとひとりごちた。
シェーンコップは、そのままドアを開けろというヤンの言葉に不安を感じながら、ロックを解除した。もし怪しい奴だったらどうするのだ。集団でそのような輩がやってきたところで、負けるとは思わないシェーンコップだが、室内に大切な上司がいるのでは、普段以上に疑わしさを増幅させてしまう。
「はい――」
扉を開けた瞬間、
パァーン!!!
さまざまな色が目の前ではじけるのをシェーンコップは見た。
「―――っっ!?」
舞い落ちる紙テープの渦の向こうに、花束を抱えている少年と、ラッピングされた箱を持った明るい色の髪をした青年と、どうやら今鳴らしたらしいクラッカーを手にして、ざまあみろ、とばかりに舌を出している褐色の髪の青年が立っていた。そして更にその後ろに、薔薇の騎士連隊の隊員たちがいて――。
「何だ、お前らっ?」
シェーンコップ家に参集した人々は、頷きを交わしてから声を揃えた。
「記念日おめでとうございます、シェーンコップ少将!」
――Happy anniversary!