Dreams for You


「あなた」
 フレデリカは、立体TVを何とはなし視ている夫に声をかけた。幸福そうに微笑んで。
「うん?」
 ヤン・ウェンリーはソファーの背越しに、ティーセットの載った盆を掲げ持つ彼の妻の方を振り向いた。
「お茶が入りましたわ」
「ああ、ありがとう」
 まだぎこちなく照れ笑いして、ヤンはテーブルの上に茶器を置くフレデリカの所作を眺めやる。シロン紅茶を注ぎながら、彼女は申し訳なさそうに言い置いた。
「ユリアンの味とは天地ほどの差がありますけど……」
 もっとも、『銀河帝国と自由惑星同盟ほどの差』があろうとも、赦せてしまうどころか気にもならないという情況に今彼らはあった。
「そんなことはないさ。うん、いい香りだ」
 差し出された紅茶をまず一口含んで、さしてお世辞ばかりでもなくヤンはねぎらった。
「本当? 嬉しいわ、そうおっしゃっていただけて」
 幾分ほっとした色合いが、ヘイゼルの瞳を掠める。フレデリカは、軽く胸元に手をやった。
 なりたての夫と新妻という条件下では、流れる時間の全てがやわらかな色合いに染まってしまう。それに準じて精神的な砂糖が一匙加わった味覚の、変化ないし勘違いというものも、それはそれで幸福の支配下に属しているのだろう。新婚旅行から帰ってきたばかりという、一若夫婦としては、不思議でもない初々しい情景である。
 最後の仕上げとばかりに自分の分を『紅茶入りブランデー』に変えているヤンに、ほんの少しだけたしなめるような目を向けてから、フレデリカはもう一方のティーカップにもお茶を用意し、夫の隣に腰を下ろした。ごく当たり前のそんな動作の一つ一つが、それだけで嬉しかった。
 穏やかなひとときの中、彼女はふと呼びかけた。
「ねえ、あなた……」
「何だい」
 ゆっくりと、ヤンは瞳の行く先を己の傍らに移した。
「笑わないで聞いてね。わたし、まだ夢から覚めていない気分なの」
 フレデリカは気恥ずかしそうに続ける。
「だって、駆け出しの落ちこぼれ中尉さんを大好きだった、ちっぽけなただの一四歳の女の子が、あなたの奥さんになってしまったんですもの。こんなに幸せな夢をみていていいのかしら?」
 ヤンは優しげな眼差しで妻を見やった。その頬に触れ、そっと身体を抱く。
「……覚めない夢がたまにくらいあっても構わないさ」
 我ながら陳腐な言いようかもしれないと彼は思ったが、このような場合にしゃれた飾り言葉など必要ないはずだった。
「私もみているんだから。――同じ夢をね」
 肩に寄りかかったフレデリカが、花が咲きほころぶようにふんわりと微笑むのを、ヤンは見たような気がした。
 ……きっと、気のせいではないのに違いなかった。