趣味の広場
宇宙暦七九九年、ヤン・ウェンリーは自由惑星同盟軍を退役し、副官であったフレデリカ・グリーンヒルと結婚して一般人の顔を決め込んでいた。
無論、夫も妻も真の意味で『一般人』の立場にはなりようもないのだが、ある程度それらしき時間を過ごせることは事実である。そしてそれは、ささやかな突発事ごときでは揺らぎもしないものだった。
七月某日付『DAILY Free Planets』内・購読者投稿ページ――
趣味の広場
《題目》年金
一つだけ 願いが叶うものならば
夢はやっぱり 年金生活
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困るなあ 何故に皆がついてくる
望みはただの年金生活
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フレデリカ この戦いが終わったら
二人で過ごそう 年金生活
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そいつだけ それが夢だと言い続け
やっと手にした年金生活
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ヤン元帥 年金保障をしたならば
余の幕僚になってくれるか?
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帝国のスカウト振った そのわけは
積み立て続けた 軍人年金
《選評》
今回のテーマは『年金』ということもあり、高齢者や退役軍人の方々から多数の投稿が寄せられました。優秀作としてここに発表した六篇の短歌は、遠く銀河帝国から特別に寄稿された一篇を除いて、いずれも同じ作者の手になるものです。未だ若いながら、年金生活に賭ける作者の意気込みが伝わってくるようですね。以後も慢心することなく、一層の精進を重ねて下さい。
「……何だ、これは」
新聞の紙面を見て、ヤンは唖然とした面持ちで呟いた。
「言っておくが私じゃないぞ」
「誰かの悪戯ですわね」
夫に件のページを見せたフレデリカが苦笑する。苦笑、で済む分だけ、まだ害のない悪戯と言うべきであろう。実際、さして問題が起こるとも思えない。
「まあいい。どうせ、その手の教材の購入案内が届く程度だろう。……それより、お茶が欲しいな、フレデリカ」
ヤンは新聞を放り投げるとクッションにもたれ込んだ。何もなかったことに決めたらしい。それが可能であるならさっさと棚上げしてしまうに限る、と言わぬげだ。
「はい、あなた」
首肯してフレデリカはキッチンへと歩き去った。日常が日常でありさえできれば、結局のところ今の彼らにとっては充分であるのかもしれなかった。
そしてヤン家の一日は過ぎてゆくのだ。悪戯の犯人が誰であったのか――それは秘密である。