――これは、彼らが学生を演じていた過日の挿話である。
「あれ、食わないのか、ヒイロ」
怪しまれないためにと通うことにした学校で、やってきた早々人気者の座を獲得してしまったデュオ・マックスウェルは、フォークを振り回しながらヒイロに喋りかけた。
口いっぱいに彼呼ぶところのヌードル、平たく言えば安さが取り柄の学食ラーメンを頬張っているので、「はへ、ふふぁふぁいほふぁ、ひいほ」としか聞こえない。なお、この時代にカフェテリア形式でない学食があるのかとかそもそもラーメンなんて生き残っているのかとか、そういった疑問はこの際ガンダム搭載ミサイルで吹き飛ばしてもらいたい。
話しかけられたヒイロ・ユイはちろりとデュオを横目で見やり、黙って割り箸を手にとった。彼の前にも同じどんぶりが置かれている。陽気なメリケン人は、今度は麺を飲み込んでから声を出した。
「箸! 使えるんだ。すっげー!! そうだよな、ジャパニーズなんだもんな」
目がきらめいていた。日本文化に憧れる、妙に勘違いした日本通アメリカ人を想像していただければまず間違いない。いつの世にも履き違えたヤローはいるものである。
「なあ、ヒイロはL1コロニーから来たんだよな。ネオジャパンなのは知ってるけど、どんなところ?」
「別に……」
正体を知られたら自爆、という指令を受けているだけあって、ヒイロの口は堅かった。
明らかに、彼の眉間には「やかましい奴は苦手だ」と書かれている。デュオのおめめキラキラはとどまるところを知らなかった。
「ナニワアキンドとかトサノイゴッソウとかいう民族がいるって聞いたぜ。そうそう、ジャパニーズの挨拶って『こんにちは』じゃなくて『モーカリマッカ』『ボチボチデンナ』って言うんだってな。いや、『アキマヘンワ』だったっけ?」
「……どっちも違う」
うっとうしげにヒイロは呟いて、デュオの前にあるコショウの瓶に手を伸ばした。取ってくれ、と頼む気は趣味の自爆をしてもないらしい。デュオはわくわくしながら更に質問責めしてきた。何か変な奴になってしまったな……まあいいか。元々妙な連中だし。
「ゼニガタと呼ばれるポリスが犯人追跡の時にコインを投げてぶつけるって本当? 誰も拾ってしらばっくれたりしないわけ? モラル高いんだなー、スラムなんてそんなことしようものなら三秒で全部なくなっちまうぜ」
「………。」
キレる寸前の青筋が、ヒイロのこめかみには浮かんでいた。ラーメンに振り入れようとしたコショウは宙で止まったままである。
「じゃあさ、じゃあさ、ナゴヤ地区とかいうところでは、ニャーニャーミャーミャーギャーギャー、ネコの鳴き真似をするゴールデングランパスが生息してるって事実なのか?」
いねえよ、そんなの(笑)。
「うるさい――」
「そういえばおまえのいた地区って聞いてなかったっけ。どの辺? キョートに近……」
バキッ! 思わず、ヒイロは力一杯容器を握り締めていた。舞い散る卓上コショウ。こうさせたいが為にラーメンなんぞ食わせた筆者の半日間の努力が今実ったのである。
「はくしょん! おい、ヒイロ、一体何し……へくちっ。涙止まんな……えくしゅっ」
デュオはハンカチで鼻を押さえ、涙をぼろぼろ流しつつ同志の姿を見た。
一時停止していたヒイロは、もうもうたるコショウの煙の中で突然深呼吸した。一色唯、キレると何をするか判らないガキであった。
「……ヒイロ……? もしもし?」
「へぇーっくしゅん、チキショー!」
ヒイロはくしゃみを連発し始めた。そりゃそうだ。しかし無茶苦茶オヤジ臭かった。
「ぶえっくしょい! てやんでい、べらぼうめ!」
「あ。エドッコ?」
その言葉に、ヒイロははっと息を呑んだ。……ばれた!?(笑)
衝撃のベタフラッシュがトーンワークと共に襲いかかる……って、文章だから楽なものである。
道連れに自爆せよ――その瞬間、ヒイロの脳裏に指令がよぎった。
彼はデュオの手首を掴み、呟いた。
「任務……了解」
その日、学園にきれいな人間花火が二つ上がったという。……なんつって。