Happy Halloween
月の光、さざめく風……今日は、年に一度扉が開く日。
こんにちは。こんばんは。また会ったね。……一年ぶりの挨拶。今日だけ堂々と会えるお隣さん。
手に手を取って踊ろう。夜が明けるまで、月夜の下で……。
「んーっ……」
名古屋ウィローは指を組んで身体を伸ばした。大気の中に満ちている魔力の源が気持ちいい。
ガンマ団本部に隣接する団員宿舎の庭を、ウィローは歩いていた。
木々を揺らす風が、くるりとまとわりついては離れてゆく。風に乗った不可視の挨拶に、彼は小さく微笑んだ。
「まあちーと待っとってちょ」
呟くように話しかける。ふぁさりと、まとったマントが風になびいた。
少し広くなっている場所で、ウィローは足を止めた。落ちないように帽子を手で押さえながら、彼は空を仰いだ。
いつもここの空はぼんやりと霞んでいるけれど。今日だけは特別だ。降り注ぐ月光が、正式に魔法使いのいでたちをしたウィローを照らし出した。
「ええころかげんだぎゃあ」
嬉しそうに笑って、ウィローは宙に跳躍した。重力を全く感じさせない、それは、軽い動作だった。
胸元に掛けたアミュレットの鎖が、しゃらんと澄んだ音をたてた。
「ここ……なんどっしゃろか?」
アラシヤマは辺りを眺めた。一緒にいたコージが頷いて指をさす。
「そのようじゃの。ほれ」
ミヤギとトットリ、そしてシンタローが指の先に立っていた。アラシヤマたちは歩み寄った。
「何だべさ、おめらも名古屋の外郎売りに呼ばれたんだべか?」
「ウィローはんが、何やえろう楽しそうにわての部屋に訪ねてきはったんどすわ」
「俺んとこも同じだぜ」
「一体何があるんだわいやあか?」
五人は首を捻った。何も思い当たらない。そこに新たな人影が増える。
「おや? 君たちも来てたんですか」
「ド、ドクター! グンマもっ」
「面白いものを見せるからって、招待を受けたんだ♪」
グンマは高松に寄り添いながら答えた。いよいよもって大所帯である。何が始まるのだろう。
その時、空気を縫うように声が届いた。
「Trick or treat!!」
まだ少年の範疇に属する声音に、彼らは瞬間的に声の方向を振り仰いだ。
「なっ……」
思わず言葉を失ってしまう。高さ三メートルは優にあろうかという巨大なかぼちゃが、目の前に出現していた。しかも目鼻と口がくり抜かれた、Jack-o'-lanternである。
「バイオカボチャですか。……よくできてますねえ」
「ま、まさかウケケケと高笑いしながら転がるんでねえべな!?」
「でけー……」
さまざまな感想の飛び交うかぼちゃの上に、ウィローがちょこんと腰掛けていた。
「みんな揃やぁたみてゃあだなも。待っとったがや」
「わしらを集めて何ぃする気なんじゃ?」
ウィローは破願した。にこぱっという擬音の似合う、純粋な笑い方。
「おみゃあさんたに、とっときの魔法をかけたるぎゃ」
言って、立ち上がる。護符の鎖に反射する月の光の微粒子が、ウィローの姿をはっきりと浮かび上がらせた。いつの間にか、その手にはマジックワンドが握られていた。
「ラゥ・フォルカ・マイア……扉を越えし我が良き隣人よ、Will-o'-the-wispの名に於いて願う――その姿を我が元に現し、ひとたびの友誼を共に交わしたまえ……」
呪文の響きが消えた途端、ゆらり、と、場の空気が揺らめいた――。
「……っ!!」
「これ……は――」
ウィローに招かれた者たちは周囲を見回した。周りには、空中に浮かぶ妖精たち。木の陰からは小人がこっそりこちらを覗く。手を取り合って踊っている者、楽しげに飛び回っている者……たくさんの、幻想世界に息づく存在。
「すごいっちゃーっ!」
「これが魔法……どすか?」
ウィローは巨大かぼちゃからすとんと飛び降りた。マントが空気をはらむ。
「誰にも見えるようにしたったんだぎゃ。……今夜一晩だけ、みんな出てござらっせるんだて」
「……そっか、今日ハロウィンなんだ!」
グンマは声を上げた。彼の傍で、虹色に透ける羽を持ったフェアリーがひらりと舞い上がった。
「せっかくの日だで、おみゃあんたに見たってほしかったんだがや。ワシはともかく、普通は目に見えーせんし、忘れてまうことの方が多いかもしれせんけどよ、ちゃんとみんなおらっせるんだぎゃあ」
ウィローはくるんと魔法使いの杖を回した。にっこりと微笑う。
「今夜は特別の日だがね。みんなで遊ぼみゃあか」
一晩たてば帰ってしまう存在たち。それをただの幻にしないように。……遊んで笑って、みんなで楽しく仲良く過ごそう。月の光が消えるまで。
魔法のかかった夜だから、きっと望めば空さえ飛べる……。
今夜は万聖節前夜。全てが魔力を宿す晩。
今日は、魔法日和の夜――