僕が君をどんなに好きか



 ぼくがきみを どんなにすきか あててごらん?
 

 「…そうだ、オラトリオ。」

 山のように積み上げたファイルがようやく片づいて、《ORACLE》にふわりと漂い始めた温かな香りを楽しんでいたオラトリオは、ふと思いついたように掛けられた声に顔を上げた。

 「んー?」

 ゆっくりと温めたポットから、香り高いアッサムの芳香が白い陶磁の中へとぽりと渦を巻く。ほどよく注がれたお茶を相方に勧めながら、電脳の賢者はにこりと笑った。

 「お前に当てて欲しいことがあるんだけど。」

 「…あぁ?」

 今度は何を言い出すのやら、とオラトリオの片眉が器用に上がる。どうせくだらないTVでも見たのだろうが、この電脳箱入り賢者ときたら、時折こちらが思いもつかないような突拍子のないことを言い出してくれるのである。

 ───まあそれもいいかと思ってしまうのだから、大概この男も甘いのだが。

 ところが、守護者のそんな甘い考えは、今日も粉々に粉砕されることと相成った。視線に促された賢者は、あくまでにこにこと、それはそれは爆弾な発言をかましてくださったのである。

 「うん、私がどのくらいお前のことを好きか。」

 分かるかな、と思って。

 その瞬間、手の中の細い陶磁がみしりと嫌な音を立てたからといって、オラトリオを責めてはいけないだろう。ドイツで名高い古窯の名品を犠牲にして、オラトリオはようやく平静を保った。

 …まあ、少なくとも表面上は。

 「どのくらいって、お前なぁ…」

 「?」

 無邪気に首を傾げるオラクルは、わくわくと守護者の返答を待っている。何でまたこんなコトを言い出したものやら、さっぱり見当はつかないのだが、ここで無碍にあしらえるなら、オラトリオだって苦労はしないのである。

 「あー…と、このくらい、か?」

 気のないふりで行儀悪く片肘を付きながら、男が片手を広げてみせると、オラクルが楽しそうに笑った。

 「もっとだよ?」

 「…んじゃ、こんなもんか。」

 今度は両手を広げて見せたオラトリオに、オラクルがくすくすと笑う。

 「もっと、だよ。」

 「…じゃ、この部屋くらいか?」

 白い手袋の指が、くるりとホールを指し示して見せた。見上げるほどの高さに円蓋を頂くメイン・ホール。それでも足りないよ、とオラクルは笑った。

 「分からない?」

 一向当たらないオラトリオに、オラクルが上機嫌で問いかける。雑音(ノイズ)に混ざる薔薇の色が、淡いピンクを浮かべてちらちらと瞬き、降参、というように両手を挙げ、肩を竦めてみせたオラトリオは、得意げなその様子に苦笑した。 

 ───どうやら、己の読みがあたったらしかったので。

 「私はね、オラトリオ…」

 カウンターに頬杖をついたオラクルが、両の掌に預けた顔を僅かに傾けて守護者を間近に覗き込む。囁くようなその言葉は、二人の間にふわりと漂って、それからオラトリオの中へと沈んで行った。
 


 『《ORACLE》いっぱいになるくらい、お前のことが好きだよ?』
 


 「…そいつはすげぇや。」

 「だろう?」

 苦笑するよりないオラトリオに、オラクルが笑う。

 「…お代わりいるかい?」

 「あー…もらうかな。」

 カウンターの奥へ引っ込む青年を見送って、オラトリオががしがしと髪をかき混ぜた。ぱらりと落ちるダーク・ブロンドの隙間で、甘くその濃さを増したヴァイオレットが苦笑に染まる。

 「ったく、何を言い出すかと思えば…」

 どんな口説き文句よりも心地よい、甘い甘い告白。オラクルにとってはこの《ORACLE》が世界の全てだ。その世界全てに満ちる、それほどの想いを向けられることがどれほどの僥倖だろう。

 ───たとえそれが叶わぬことなのだとしても。

 オラトリオは小さく笑った。《ORACLE》を至上の物とする、その制約に逆らえないだろうお前。言葉にはできるかも知れないけれど、本当に想いがそれを越えることはできないだろう。

 ───けれど。

 その《ORACLE》を抱えたそのままのお前を、守ると決めたから。
 


 『それでも、俺はお前のことが好きだよ。』
 

 ぼくが きみをどんなにすきか あててごらん?