<2>


 シンタローは深呼吸した。いる場所は、森と草原との境目だ。
「あー……えれェ目に遭っちまったぜ」
「何言うとりさるんだっちゃ! 僕らぁはただの巻き添えだわや!」
「そうだべっ。寿命が十年縮んじまっただよ、責任とってくれるんだべな!?」
 言いつのる者達に、シンタローはぼそりと返事をした。
「……マジックが帰ったら善処してやる」
「シンタローはん、わても忘れんといておくれやす」
「何言ってやがる、片棒担いだのは誰だよ。第一、先刻救けてやったろ!」
「……あんさんがおらなんだら起こらへんかった騒動どっしゃろっ!」
 アラシヤマは大事そうにテヅカくんを胸に抱き、口を尖らせる。
「あぁ、はいはい、わたくしが悪うございました! みんな一緒に責任をとらせてもらいますです!」
 シンタローは、投げやりに答えた。だが、このような表現ではあれ、彼が刺客連中に謝罪するなど、滅多にあることではない。
「あっらぁ〜、シンタローさん♪♪」
「こんなところで、何を皆さんとお喋りなさってるのかしらん♪」
 ずるり、と、シンタローは精神的に滑った。ざわざわと背筋が粟立つ。
「……げっ! イトウ、タンノ!! どっから湧いて出やがった!」
「やーね、ひとを温泉かボウフラみたいに……」
「おまえらはヒトじゃねえッ」
「細かいことは言いっこなしにしましょうよ。ねえ、ほんとに何をしてたの?」
「何だか楽しそうよねぇ♪ アタシたちもお話しに混ぜてくれないかしら」
 ぬめぬめピチピチすりすりと擦り寄ってくる二人(?)に、シンタローは一転して地の底を這うような声で告げた。
「……あのなァ……俺は、今、とてつもなく機嫌が悪いんだよ――」
 ズガッ、バキッ、ドカッ、ゲシッ!
「――あっちに往ね! ナマモノッッ!!」
 激しい音と共に空を飛翔してゆく二つの塊。
「ああ、いつにも増して力強いあなたの拳ッ」
「……これも愛なのね〜〜っ!」
 ひゅ〜ん……ドスンッ
「……ふんっ」
 シンタローはパンパンと手をはたいた。同行者はひそひそと囁きを交わし合った。
「本当に機嫌悪いっちゃね……」
「仕方あらしまへんわなぁ」
「……オラ達までとばっちり食っちまうべ」
 シンタローは、腰に手を当てて鼻白んだ。
「ったく、気色悪いったらねえぜ。ミヤギ、トットリ、アラシヤマ! 移動するぞ!」
 既に別行動を許可しない、有無を言わせぬ口調でシンタローは命じ、先にたって歩きだした。



「腹減ったナ、チャッピー!」
「わう」
 パプワとチャッピーは家の外に出てきた。
 お昼ごはんどころか、もうおやつの時間さえはるかに過ぎている。朝食の途中で姿を消したシンタローは、戻る気配を見せない。
「シンタローの奴、家事もほったらかして何処をうろついてるんだ。帰ってきたら、よォーく言い聞かせてやらんとな」
「わうあう!」
 それでも、木の実も保存食糧でしのぐこともせずに、パプワはシンタローを待ち続けていた。結局のところ、彼はシンタローになついているのだ。双方共に意識の概念からは外れていたけれど。
 ガサ……
 草を踏みしだく音。
「………?」
 パプワは、こちらにやってくる人物を仰いだ。それは……。



「いい加減、パプワの飯を作らねえと……」
 シンタローは焦りがちに呟いた。こうまでしても主夫業を忘れないところが、それが細胞レベルまで染みついているいい証明だ。ネタ探しと原稿書きと締切間際の浮気を染みつかせている『骨の髄まで同人屋』と、似ているかもしれない。ちょっと嫌である。
 強引に連れてこられた元同僚たちは、近くの樹にもたれていた。
「で……結局原因は何なんだべ?」
「……総帥の誕生日なんやそうどすわ」
「まさか、総帥にお祝いの言葉を言うか言わないかでこうなった、とかじゃないっちゃね……?」
 三人はそろぉりとシンタローを見た。当初の時点でそれに到達したアラシヤマも含め、その予測が完璧に的を射ていることを彼らは悟らざるをえない。
「一言言えば済んだんだわいや! そのせいで、なんで僕達まで……」
「せやけど、したら、このお話は最初っから存在しまへんがな」
「……何をわけの判らんことを口走っとるんだべ、アラシヤマ」
「誰ぞの代弁どす」
 シンタローは仲間の様子など眼中にない。ただただ、ほっぽってきた家事一般が彼の頭を占めていた。
「……腹減らしてるだろうなぁ、あいつ」
 だが、作っている途中でマジックに乱入でもされたら、一巻の終わりだ。ここまで逃げ続けているのがまったくの無駄になる。かといって、支度をしなかったら……。
 マジックも恐ろしいが、パプワはもっと恐ろしい。チャッピーまで加わったら命がいくつあっても足りない。ねこまたじゃあるまいし、命のスペアの心当たりはない。
 パプワの怒り>マジックの襲撃
 シンタローの脳裏で不等式が成り立っていた。
「……仕方ねえ、一旦家に戻る」
 シンタローは宣言した。何処かほっとしたように、他者が力を抜く。
「そうだべか、じゃあ、オラはこれで……。いやあ、今日は疲れただなやー。行くべ、トット――うげっ」
「待たんかっ!」
 ミヤギのタンクトップの首元をシンタローは掴んだ。引き戻された方は宙で足を空回りさせた。
「だァーれが帰っていいと言った」
「いっ嫌だべ! オラ達は部外者だべッ!」
「往生際の悪い! これならアラシヤマの方がよっぽどマシだぜ――」
 シンタローはアラシヤマを斜に見た。当の相手は、おどろ線をしょって、何やらぶつぶつとテヅカくんに話しかけている。
「……ええんどす……この騒動が治まったら、わてなんかもう声もかけてもらえへんのどすよってに……どうせわては嫌われもんなんどす……テヅカくん……あんさんだけがわての友達や……終わったら、森で、ふたり仲良う暮らしまひょなぁ……」
「――性格に、すっごく問題あるけど」
 シンタローはひくつきながら付け加えた。その間にトットリはこそこそと逃げかけていた。
 抜き足、差し足、忍び足……忍者なのだからお手のものである。
「あっ! ずるいべ、トットリ!!」
「甘いわッッ!」
 ミヤギを捕らえていた手を離すと同時に、シンタローは、身に付けていたナイフを投げつけた。
 カツッ!
 樹に刃が突き刺さる。はらりとトットリの髪の毛が数本散った。
 頭上を掠めたそれに、そのままぺたっと腰を抜かしてトットリは尻をついた。
「あぅ……だわおで……えうわ……」
 何を言っているのか自分で判っていない。シンタローは刺さったナイフを抜き取ると、トットリをずるずると引きずった。
 ここまできて、彼らの足並みは揃うどころか、むしろばらけていた。
 ――そんなことでどうする! 五人……もとい、四人と一匹の戦士達よ、今こそ心を一つに合わせて戦うのだ!!
 ……彼らは幼少期、戦隊ものに心をときめかせた世代だった……。
「……行くぞ」
 シンタローは、右手にトットリ、左手にミヤギをしっかり捕まえ、パプワハウスの方角へ歩を進めはじめた。その三歩後ろを、まだおどろ線同伴で、コウモリごとアラシヤマが随っていた。



「シンタローの、お父さん」
「やあ、坊や」
 自分を見上げるパプワに、マジックは笑いかけた。
 今朝ここに来た時に比べて、何処となくやつれたように見えるのは、気のせいではあるまい。……いい齢をして走り回るからである。急な運動による中高年のポックリ死が、あまり他人事ではないかもしれない。
「シンタローを、知らないかい?」
 遂に他力本願に出たか、マジック! いや、元々部下に探らせていたっけ、他者依存は今更だったか。
「あいつなら朝出ていったきりだぞ」
 殆ど反っくり返らんばかりにして、パプワは、おまえのせいだろう、と言いたげにマジックを見つめた。空腹のせいで、たたでさえいいとはいえない目付きがすわっている。最強のお子様に直視されて、マジックは頬の筋肉を痙攣させながら冷汗を拭った。
「お……お菓子でも食べるかい?」
 マジックは箱に入ったクッキーを差し出した。砕けまくっている辺りに、チェイスの激しさが偲ばれる。ただ単に自分がずっこけて砕いただけだという事実は、マジックの記憶辞書からは勿論削除済みである。
 ここで隠れて待っていれば、いずれシンタローは戻ってくるだろう。――名付けて、アリ地獄作戦!! サイテーのネーミングセンスだった。
「パパは負けないよ、シンちゃん!」
 ここに至って、否応なく、親子の激烈なゲームは最終局面を迎えようとしていたのであった。



「いいな、おまえらは囮だ。もしマジックが来るようだったら撹乱するんだぞ! どんな手を使っても構わねえ」
「……死にたくないっちゃ〜……」
「かないっこねえだ! 絶対に殺されちまうべっ……」
「テヅカくん……もしもの時にはあんさんだけでも逃げとくれやす……時々は墓参りに来てぇなあー……」
 ……彼らに任せるには、いささか後顧の憂いがありすぎて心配かもしれない。
 シンタローは物陰から家の様子を窺った。
 外に出ているパプワとチャッピー。その傍に立っているのは――マジック?
「親父っ!?」
 小声でシンタローは叫んだ。なぜマジックがパプワといるのだ。部下まで連れて。
「え?」
 三人が血の気を失う。もしかして、もしかしなくても既にマジックとご対面……?
 地獄の釜が開く音が聞こえたような気がしたのは幻聴だろうか。
 シンタローは、ギリ、と歯を食いしばった。握り締めた両拳は、力の入り方を如実に表すように、指先の食い込んだ掌が白くなっていた。
 むかむかむかむか…… シンタローの怒りの水位が上昇してゆく。
 ぶつっ!
「――マジック!」
 打ち合わせも何もかも無視して、シンタローは飛び出していた。
「シンタローはんっ?」
 スタッとシンタローはマジックの前に降り立った。父親をすさまじい形相で睨みつける。マジックは、微妙に驚愕の表情を混ぜた。
「マジック、貴様ッ!」
「シンタロー……おまえの方から出てくるとは」
 マジックはふっと笑った。
「やっとあきらめる気になったか。最初からそうしていれば、ひどい目に遭わなかったものを。まあいい、私は寛大なんだ、潔さに免じて許してあげるよ、シンちゃん 」
 ひどい目に遭っていたのは、どちらかといえばシンタローよりマジックの方である。
「……ふざけるな!! よくもパプワに手を出したな!」
「……へ?」
「パプワには手出ししないと誓っておきながら、ぬけぬけとっ! そいつから離れろ!!」
「……は?」
「わずかでも貴様を信じた俺がバカだったぜ! 関係ねえ奴を人質にとるなんて、やっぱり貴様は最低なヤローだったなッ!!」
 関係ないというなら、刺客連中だってこの上ないほど無関係である。物陰で、恐怖のあまり足を竦ませぼーだー泣きしながら、該当者の複数がそう考えたかどうかは未確認だ。自分を棚に上げることにかけては比肩するものとてない親子であった。
 人質……パプワが、人質? マジックは慌てて両手を突き出した。眼魔砲ポーズではない。
「待て、シンタロー! 誤解だ!」
「ゴカイもイトミミズもねえ! てめえのくだらねぇ暇つぶしでそいつを巻き込みやがって! ここで決着をつけてやるっ!!」
「だから誤解だっっ!」
 マジックは訴えた。さすがにここで『やだなあ、シンちゃん、パパがそんなことするわけないじゃないか』と言うほど愚鈍ではない。
 キレた長男は全く聞く耳を持っていなかった。
「問答無用ッッ!」
 シンタローは完全にマジックに狙いを定め、両手を構えた。それまでたゆたっていた遠慮が消えていた。
「よけろ、パプワ! ……眼魔砲――――ッツッ!!!」

 ――ちゅっどおォ〜んっ!!

「うぎゃあぁぁーっっ!」
 マジックは吹き飛ばされた。シリアスなら、片手で軽くシンタローの技を受けとめ、握り潰すところだが、いかんせんこの話はギャグであった。
 一方、
「そらおまへんえ、シンタローはーんっ!」
「なんでオラ達まで……っ」
「最後まで巻き添えになるんだっちゃかーっ」
 爆風の反動で、後方のアラシヤマたちもふっ飛ばされていた。殆ど小さな核爆弾である。放射能が出ない分、環境に優しいかもしれないが――って、それは別の話だ。
「「さよーならーっ」」
「おー達者でーっっ」
 ひゅるるるる……
 散々っぱら引っぱり回された挙句の、あまりといえばあまりの、ムゴい退場だった。……さらばだ、縁があったらまた会おう。
 煙が消えた時、そこに立っていたのは、パプワと彼に抱えられたチャッピー、そして眼魔砲を撃ったシンタローだけだった。
 シンタロー自身はともかく、この破壊の真っ只中で何の影響も受けていないパプワは、ただ者ではない。やはり世界最強のお子様なのかもしれなかった。
「わーいわーい、大爆発ー!」
 日の丸扇子を持って、パプワは下ろしたチャッピーと共に踊っている。
 シンタローは、片膝をついているマジックに、じり、とにじり寄った。南国の太陽は夕日に移行しつつあった。
「……そろそろ終わりにしようぜ、親父!」
 マジックが、くっと唇を歪め、立ち上がる。
「よかろう、これが最後だ……」
 再び、父と息子の力がぶつかり合おうとしていた。今度こそ、お互いただでは済むまい。もはや当初の目的から完全にずれていた。確か、祝いの言葉を言わせるかどうかで鬼ごっこをしていたのではなかったのだろうか、力比べをしてどーする。
 張り詰めた空気が二人の間に流れる。
 それを縫って、同じく巻き込まれたガンマ団員が、マジックの傍に這うように近付き、耳打ちした。
「総帥……お取り込み中の処恐縮ですが、そろそろ本部にお戻りになりませんと、その……未決済書類が――」
 マジックが一瞬固まる。悲しき支配職だった。
「……と言いたいところだが、シンタロー! 勝負は一度預ける」
「な……っ!」
 思わず絶句するシンタロー。何もこの場で撤退しなくても……。してくれた方が嬉しいが、タイミング的にひどく腹が立つ。
「だったら、最初から思いっきし無駄なことすんじゃねえよ、父親!」
「よんどころない事情だ。安心しろ、また来るよ、シンちゃん♪」
「二度と来んでいいッッ!」
 精神的に中指を突き立てながら、シンタローは怒鳴った。……間違っても己れの親相手にするポーズではない。
「今度来やがったらコンクリ詰めにしてやっかんな!! 覚えとけッ!」
 シンタローの剣幕に、マジックは肩をすくめた。親子の溝はまだ深い。退却したほうがいいようだ。
「じゃあね〜っ」
 すったかたったー……
 手を振り、あっという間に、マジックは部下ともども逃げ足を発揮していた。まったくうちの艦隊は逃げる演技ばかり上手くなって――おっと、これは銀○伝。
 シンタローはマジックの消えた方角に蹴を入れた。
「けっ。一日振り回させやがって」
 指を頭の後ろで組み、これも無事だったパプワハウスに身を返す。シンタローの力のコントロールがうまかったのか、はたまた家が丈夫なのか。
「あーあ、骨折り損のくたびれ儲けだぜ。――腹減ったろ、パプワ。今、飯の支度するからな」
「……シンタロー」
「あんだよ?」
「いいのか?」
 パプワの問いかけに、シンタローは眉をひそめた。
「どーゆー意味だよ」
「親は大事にせんとばちがあたるぞ」
 子供に言われても、いまひとつ説得力がない。もっとも当の親が言ったら、いまみっつくらいない。幼児が一錠、成人三錠、何だか薬の分量みたいである。
「はん! 知ったことかよ」
 すねているようにも見えるそぶりで、シンタローは更に足を運ぶ。
 ……まだ、間に合う。心の奥底の、小さなささやき。
 ドアに手を掛けかけて、
「――パプワ」
 ためらいがちに、シンタローは訊ねた。
「食事……もう少し待てるか……?」
「別に僕は構わんゾ。さっきお菓子をもらったしな」
「わうわうわう!」
 シンタローは把手から手を離した。
「すまねぇ、パプワ!」
 タッとシンタローは駆け出した。その後を、パプワがチャッピーと一緒に追いかけてゆく。
 マジックが艦を着けた場所は、地形からいっておそらく前に押しかけてきた時と同じだ。
 その附近に出る、海岸への近道をシンタローは走った。心の中で、自分同士が喧嘩している。
「間に合ってくれ……!」
 道の両脇の茂み。増えてくるヤシの木。
 ここを抜ければ――…



「動力系統、異常ありません。いつでも発てます」
「……総帥、そろそろ――」
 幾分控えめに、部下が促す。マジックは島を見つめ、頷いた。
「ああ……」
 結局目的は果たせなかったが、充実した一日だったのは確かだ。今回はそれでよしとせねばなるまい。次の機会を伺うことにしよう。……つくづくはたメーワクな壮年であった。
「シンタロー、今日は見逃してあげるよ」



 ……突然、視界が開けた。鮮やかな夕陽に赤く乱反射する海。
 眩みそうになり、シンタローは目を細めた。
「到ちゃぁーくっ」
 パプワが代わりに言った。シンタローは瞬間的に頭をめぐらした。逆光だ。
 どうやら、ぎりぎりセーフだったらしい。
「――親父!」
 ザッ! シンタローはジャンプして、シルエットの前に着地した。
「シンタロー……」
 マジックは驚きと戸惑いをないまぜにした瞳で、最愛の息子を見やった。
「どうした。わざわざ見送りにきてくれたとも思えんが……。どうしても決着をつけなきゃならないかい?」
「あ……えっと、その……」
 シンタローは言いよどんだ。この期に及んで踏ん切りのつかない、決断力の無さが恨めしい。
「総帥、もう時間が――」
 促す声。マジックはシンタローに背を向けた。
 パプワはシンタローを仰ぎ見て、服の裾をきゅっと掴んだ。シンタローはそれを見下ろす。
 これを逃したら、もう言えない。
「……親父っ」
 マジックは再度シンタローを振り向いた。
「先刻から、何だ?」
「親――。父さん」
 シンタローは、こめかみを照れ臭げに掻き、思いきり息を吸い込んだ。
「……誕生日、おめでとよ」
 結局言うのか、シンタロー。初めからこうしていれば、ふっとばされていったきりの被害者も出ずに済んだものを、親子揃って迷惑なシンタローとマジックだった。あまり迷惑迷惑言っていると、昔懐かしアークダーマが出るかもしれない。要注意である。
 不思議そうに、マジックが息子を見つめなおす。シンタローはぶっきらぼうに言い足した。
「大サービスだ! ……本っ当に、おまけでついでに言ってやったんだからな!!」
 マジックは微笑を刻んだ。――僅かにして鮮やかな、笑み。
「――何処に隠してあるのかは知らんが、今度来る時は、秘石を返してもらうからな」
 カムフラージュなしで一日そのままにして、秘石の在処がばれなかったのが謎である。やはりガンマ団というのはマヌケ揃いかもしれない。
「……だぁーっ! 二度と来るなって言ってっだろーがっっ! 用は済んだろ、早く帰れよッ!!」
 半ば照れ隠しの怒鳴り声。
「そうしよう。――出るぞ」
 マジックは艦の中に消えた。ハッチが閉まる。
 潜水艦は次第に海中に沈んでいった。
 それを見送って、シンタローは大きく息を吐き出した。
「終わったな……。さてと、帰るか、パプワ」
 シンタローは傍らのパプワを眺めやった。ぎろりとパプワがねめつける。
「ところでシンタロー。おまえ、今日家事さぼったな」
「……え……」
 突然の豹変に、シンタローは状況を把握できなかった。それについては了承済みだったのではなかったか?
「飯も作らんと、何をこんなところでだらけてる! さっさと夕飯にせんかい!」
「ち……ちょっと待てよっ。だっておまえが、構わないって言っ……」
「言い訳するのか! まァーだ自分の立場を本気で判っとらんようだな。――チャッピー!!」
「あおーん!」
 がぷっ
 チャッピーの牙の間にシンタローの頭はあった。
「うっぎゃあぁ〜〜っっ!! すみませんごめんなさい、ご主人様、わたくしが悪うございましたぁぁ〜〜〜ッ!」
 流血しながら、シンタローが右往左往する。たとえどんな不条理な事由でも、決してパプワに逆らうことは許されないということを、身体で理解させられたシンタローだった。
 ――冒頭の答え。結局、彼の立場は召使いであるらしかった。
「……申し訳ございません! 許してください、今すぐ支度させていただきますーッッ!!」
 陽の沈みかけた海岸を、二人と一匹の影が駆け去っていった。



「マジック総帥、取り敢えずこちらの書類にサインをお願いいたします」
 帰途の潜水艦の中で、早速マジックは書類責めに遭っていた。
「………」
「――総帥?」
『誕生日、おめでとよ』
 おめでとよ……おめでとよ……おめでとよ………
 別れ際のシンタローの言葉が、マジックの頭の中をこだましていた。
「ふっ……ふふふふふ……」
「あのォ〜……もしもぉーし、総帥……?」
 恐る恐る呼びかける団員の声など、マジックの耳には届いていなかった。
 じーん…… 感動に、シンちゃん人形を抱き締めたまま、マジックは浸りきっている。呼ぶだけ無駄であった。正気に戻る頃には、書類の山で窒息死すること受け合いである。
「ふふふ……。シンちゃん♪ また行くからね♪♪」
 紆余曲折の末、この年の十二月十二日は、ちょっと幸福なままに終わったマジックだった――。





「おたんじょうびおめでとう、パパ」
「ありがとう、シンちゃん。とっても嬉しいよ」
「ほんと? じゃあね、ぼく、大人になっても毎年パパに言ってあげるね! ずっと、ずーっと!!」


 ……遠い、記憶の涯の約束――


 ――HAPPY BIRTHDAY!


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