LITTLE WIZARD〜Epilogue
ウィローは不意に目を開けた。
「……え?」
視界に入るのは、照明の落とされた、薄暗い夜中の部屋。つい今の瞬間までとのギャップに、とっさに状況が判断できない。頭の中が混沌として飽和状態だった。
ウィローは起き上がった。ベッドの自分の傍らには、アラシヤマが眠っている。
ここは――ガンマ団の団員宿舎? 何故だろう、自分はパプワ島で過ごしていたのではなかったのだろうか。
何でワシ、こんなとこにおるんきゃあも? いつの間に戻って……。
そこまで考えて、ようやく現実が戻ってくる。
夢……?
パプワ島、などという島を、ウィローは知らないはずだった。聞いたこともない名称だ。
余りまくってぶかぶかのパジャマの袖をたくし上げながら、彼は我が身を顧みた。今、彼は六歳児相当の姿である。
ほうだぎゃ。ワシ、子供になってまって、それでアラシヤマさんの部屋に来とるんだがや。
だとしたら、あれは、本当に夢だったのだろうか? コウモリになって仲間たちと再会した、それは。
「ん……。ウィローはん?」
ウィローに添い寝して眠っていたアラシヤマは、ふっと目を覚まし、起きているウィローに視線を向けた。熟睡していても、傍にいた人間が置きだす程度のほんの些細な状況変化ですぐに覚醒する、それはガンマ団の構成員として既に習性に近い。
「一体何どすのん……? ほら、ちゃんと寝なあきまへんえ」
アラシヤマは身を起こし、膝を崩して寝台の上に座り込んでいるウィローを見やった。
ウィローはまだ幾分判然としない頭のままで、記憶をたどる。
シンタローが組織を脱走し、仲間たちがそれを追い、……みんながいなくなった後に自分は取り残される。そんなあり得ない夢をどうしてみるのだろう。
結局は自分も後を追うことになったけれど、ある意味で幸福を掴めたのだけれど、それでも。
いなくなる? みんなが?
「や……だぎゃあ」
言いようのない恐怖が、心臓を押しつぶす。呟きは、涙声になっていた。
アラシヤマは焦ったように呼びかけた。
「ウィローはんっ?」
「そんな……の……。ひゅぐっ、ワシ……」
「――どないしはりましてん? 怖い夢でもみてもうたんどすか?」
不規則な嗚咽を洩らしながら、ウィローは優しげな目で自分を眺めるアラシヤマを見返し、小さく頷いた。……そう、たぶん夢、だ。
アラシヤマはふわりとウィローを抱き寄せた。
「平気どす。わてはここにおりますよって、何にも怖いことあらへんのどすえ……。可哀相にな、怖い怖いは消してしまいまひょな」
「うぇっ……うっく……」
「ウィローはんはほんまに泣き虫さんどすなぁ……」
抱き上げて膝の上に乗せたウィローの背中を、アラシヤマはとんとんと叩いた。夜中に目を覚ましてぐずりはじめた小さな子供をあやす母親そのものだ。もっとも、実際ウィローは幼児と化している。
「……えぐっ……ふぇ……っ」
「よしよし……ああ、ええ子やええ子や」
アラシヤマはぐずっているウィローの頭をそっと撫でた。
ウィローは青年に強く抱きついた。着衣越しに、暖かさが伝わってくる。
今の時点の真実ではないにせよ、もしあれが予知夢なら、いつか、彼も一度自分の元から去っていってしまうのだろうか。今のこの時が、喪われる日が訪れる……?
それはウィローにとって最大の恐怖だった。崩れてしまった日々を遠い島で再構築しようとする、『夢の中の』自分の感情、痛みを伴う想いは、彼の中に流れ込んだきりわだかまり続けていたのだ。
「大丈夫や……」
ウィローの耳元で、ずっと髪を撫でてやりながらアラシヤマは暗示をかけるように囁いた。
「どないな夢をみたんか知りまへんけど、そんなんはただの悪い夢どす。明日の朝には忘れてしまいますえ……安心しなはれ、きっと何も覚えてへん」
「――」
低く穏やかな、優しい声のトーン。ウィローはまどろみに引きずり込まれる。
「……大丈夫……怖いことなんか、全部忘れてしまいますよってに……」
ことんと身を預ける。いつの間にかウィローは寝入りかけてしまっていた。眠りの淵に落ちてゆく意識の隅で、アラシヤマの言葉が繰り返しぐるぐると渦を巻いていた。
朝には、怖いことも、嫌なことも、きっと、全て、忘れて……。
みんなで、一緒に――。
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